人生の岐路
皆様「人生の岐路に立つ」という感覚を味わったことはありますか?
私自身の人生を振り返ってみると「どっちに進むべきか」というように悩んだ記憶がほとんどありません。
「進むべきか」「留まるべきか」という悩みもほとんど味わったことがありません。
「30数年生きてきてそんなはずはない、人並みに進学だって就職だって、そしてかっこ良く言えば「起業」だってしている。」何故そんな悩みの記憶がないのか、よーく考えてみたら原因は私の性格でした。
常に悩み出す前に「暴走」していた。
だからたぶん私の考えの中に基本的に「留まる」という考えはないのかも。
それが良いことなのか悪いことなのかは別として、「やってみたい」と思うと、失敗を覚悟の上でも、やってみないと気が済まないのです。
最近友人と「人生の岐路」についていろいろと話をした結果わかったことは
「人生いくつも、そして何度も現れる岐路、きっとどちらの道に進んだとしても、要はその後の本人の歩み方が大切なんだ」ということ。
きっと歴史といっしょで「もしも」は存在しなのだと思います。
一歩一歩、成功を意識しながら確実に歩んでいくと、きっと「もしも」なんて思い返さないのだろうし、「幸せ」を意識しながら歩んでゆけば、「別の道を歩めばよかった」なんて後悔もしないはず。
そして、その岐路に立っている時間、悩んでいる時間、(残念ながら私の記憶にはないのですが)そこで得られることも大きいはず。立ち止まり自分の人生、性格を振り返ることによって自分の身になることも多いはず。
大切なことは「自分の足元」と「自分の将来」をしっかりと見据えることだと思います。
「足元」だけを見ていても、進まないしつまずくし、「将来」だけを見ていても足元がふらつくし、両方をバランスよく見つめることができれば、必ず目的地に到達できるのではないでしょうか。
私も暴走ばかりしていないで、きちんと「悩んで」生きてゆきたいと感じる今日この頃です。
人生の岐路・・といえるか分かりませんが、私もどちらかに決断しなければならない時はすごく悩みます。
でも私は悩んだとき、必ず思い出すことがあります。
どこかのご老人の言葉ですが、
「今の若いやつは仕事でも何でもろくに経験せず、ちょっと嫌な思いをするとすぐにやめたがる。それでは何も身につかない」
学生の頃、楽な方へ楽な方へ、と自分を甘やかしていたので、この言葉がとても重く感じます。
私が選ぶ道が「楽だから」「そこに逃げたいから」ではないのか、いつも悩んだら自分に問い掛けるようにしています。
コメント by sachiko — 2007/1/27 土曜日 @ 18時22分09秒
素敵なコメントありがとうございます。
「私が選ぶ道が「楽だから」「そこに逃げたいから」ではないのか、いつも悩んだら自分に問い掛けるようにしています。」
素敵ですね。答えを出すときにポイントとなることがあると答えも出しやすく、自分自身も納得できますよね。
ご老人の言葉は、私も同感です。人間成長する時は、上手くいっていたり、成功した時ではないと思っています。
自分自身を振り返っても、大きく成長した時期ってホントに逃げ出したくなるくらい嫌な思いをした時とか、心の底から悔しい思いをした時です。
「辛い」も「嫌」もピークに達している時点では、もうその壁を乗り越える寸前のはず。もうひとフンバリすれば、その壁を乗り越え大きく成長できるはずなのに、そこで逃げちゃったらもったいないですよね。
「暴走する」と言えども、私も岐路に立った時は、その2本の道を歩んでいる自分をシュミレーションします。
明日、1週間後、1ヵ月後、1年後、5年後、10年後、シュミレーション上で、より「幸せ」を実感できる方を選択し、歩んでいるような気がします。
コメント by yumiko — 2007/1/27 土曜日 @ 18時44分23秒